インドネシア

移住21年目!経験者が語るインドネシア生活のすべて ASEANに関わる和歌山な人:宮地梓さん

宮地 梓さん

宮地梓さんってこんな人

大阪生まれ・幼少期から和歌山で育つ。

大学3年生の時に、初めてインドネシア・バリ島へ渡航。バリ舞踊に魅了され、それ以降日本とバリ島を行き来する生活を送る。

2001年インドネシアで国際結婚し、バリ島・ウブドに移住。家族で宿を経営し、現在は和歌山に一時帰国中。バリヒンドゥー(宗教)やインドネシアでの生活、子育てについてnoteで発信している。

note:プラサンティ / 宿:PRASANTI

皆さんにとって、海外で暮らすということはどのような印象でしょうか?”憧れ”を持つ方も居れば、故郷である和歌山を離れる寂しさを感じる方もいるのではないでしょうか。

今回インタビューした宮地梓さんは、バリ島に魅了され縁があり国際結婚。現在はインドネシア在住21年目となり、2人のお子さんを育てながら、小さな宿を経営されています(現在はコロナの影響のため休業中)。

旅をしただけでは見えない本当のインドネシア生活の世界。宗教やインドネシアのしきたりなど、宮地さん目線で感じた様々なエピソードをお聞きしました。

淡路大震災を経験し、今後の生き方を見直すきっかけに

ライター・高野

こんにちは。前回インタビューしたインドネシア料理店「ワルン・バリ」の店主にご紹介していただきました。

同じ国際結婚、インドネシア繋がりで交流があるとのことで、色々なお話をお聞きできればと思います。

宮地 梓さん

よろしくお願いします♪「ワルンバリ」の店主とは、初対面だったんですがバリ島繋がりで意気投合しまして…。

和歌山にはインドネシア出身の方が多いですが、バリ島出身者が少ないのでとても嬉しい出会いでした。

ライター・高野

こうして「わっと」でASEANに関わる皆さんと繋がれること、わたし達も感謝の気持ちでいっぱいです。

それでは最初に、宮地さんがインドネシアに渡航したきっかけとは?

宮地 梓さん

大学3年生の時に、初めてインドネシア・バリ島を訪れました。

友人が卒論のテーマで「バリ島の政治経済」について書くとのことで、付き添いでした。その頃は、バリ島がインドネシアだということも知らないような時期でしたね。

ライター・高野

神戸にある大学に通われていたんですよね。そして就職し、社会人3年目の時に淡路大震災を経験されたんだとか…。

宮地 梓さん

ちょうど住んでいた場所が、被災地で大きな被害を受けました。その影響で、神戸本社から大阪支社へ異動。

震災後、時間が経つといつもの日常に戻ってしまう…。元通りにはならないんだけども、何事もなかったかのように生活することに疑問を感じたんです。

人生の風向きがインドネシアに!魅了された「バリ舞踊」とは

ライター・高野

そこが人生を見直すきっかけというか、1つのターニングポイントとなるんですね。

宮地 梓さん

はい。そして退職し、2ヶ月海外を放浪しようと思ったんです。

当時インドに興味があって、特に宗教についても知りたいと思っていました。

ライター・高野

「インドは呼ばれし者がいく」と言われていますよね。そこで、アジア旅が始まるんですね。

宮地 梓さん

旅ルートは東南アジアを北上して、最終地点をインドに…とイメージしていました。

ただ、今までは誰かと一緒に海外に出ていましたが、今回は初めての一人だったんです。

なので最初に訪れる国は、前回訪れたインドネシア・バリ島にしました。

ライター・高野

そこで始めたバリ舞踊に魅了され、旅のルートが大幅に変更になったのだとか?

宮地 梓さん

そうなんです。

インドネシアは木彫りなども有名で、作品を1つ仕上げて次の旅先に行くつもりでした。

バリ舞踊にハマって、結局旅程の2ヶ月ずっとバリ島に滞在しました(笑)

ライター・高野

スゴイ〜!すべての予定をキャンセルしてでも、バリ舞踊を本格的に学ぶほどハマっていたんですね。

宮地 梓さん

そこから、人生の風向きがインドネシア・バリ島に吹き始めました。

目標があるからできた!バリ島と日本を行き来する暮らし

ライター・高野

帰国し、日本でもバリ舞踊の教室に通うほど夢中になったそうですね。

その後の暮らしは、どのようにされていたんですか?

宮地 梓さん

帰国後は、退職者が通える職業訓練校に通っていました。

最長の1年に設定して、就職に役立つ資格を取りながら、休みを取ってバリ島を訪れていましたね。

ライター・高野

「インドネシアに行くために今を頑張る」という目的があったんですね!

そして再びインドネシアに滞在するために、再就職されたそうですね。

宮地 梓さん

はい。長くインドネシアに滞在するために、貯金期間として約1年半再就職しました。

ライター・高野

現地での就職は考えていなかったんですか?

宮地 梓さん

インドネシアは就労ビザの取得が難しいので…。

バリ舞踊を習いに行くためでもあったので、しっかり蓄えを作ることに専念しました。

ライター・高野

なるほど、当時は今よりかなり物価も安かったそうですね。そして再びインドネシアに?

宮地 梓さん

はい。

バリ舞踊を習うことをメインに、1年滞在しました。貯金だけで暮らしていました。

60日ごとに一旦出国して、またバリ島に戻るという生活を繰り返していましたよ。

国際結婚後、本格的にインドネシアに定住することに

ライター・高野

ご主人との馴れ初めをお聞きしてもよろしいですか?

宮地 梓さん

彼との出会いは、初めての一人旅で2回目のインドネシアを訪れた時でした。

それから交際を経て、2001年に結婚しました。

ライター・高野

結婚するタイミングは、どんな時だったんでしょうか?

宮地 梓さん

彼が30歳になったタイミングで、そろそろじゃない?という流れでしたね。

バリ島では、結婚・出産(子どもを持って)を経て、やっと一人前という感じなんです。

彼は一家の長男であり、家系を継ぐ跡取りでした。

そして、バリ島のウブドに移住しました。

ライター・高野

宮地さんのnoteにはインドネシア生活の日々のことや、想いが綴られていますよね。

日本と違うしきたりなどはありますか?

宮地 梓さん

インドネシアには、必ず家の中にお寺があります。

長男である彼が家を不在にできない理由も、そこにあります。

日本で例えるとお寺を継ぐことは、男性という暗黙のルールがあったりしますよね。

インドネシアも男性がお寺を守り、継いでいくというしきたりがあります。

なので、様々なところで宗教行事やお祈りに参加しています。

ライター・高野

宮地さんのnoteを読んでいると、本当の声というかインドネシアってこんな国なんだ…と驚くエピソードもありました。

読者の皆さんにも、ぜひ読んでいただきたいです。

note:プラサンティ

完成まで4年の歳月!小さな宿をオープン。インドネシアの観光状況

ライター・高野

バリ島では宿を経営されているそうですね!完成まで4年の時間がかかったのだとか?

宮地 梓さん

自宅の敷地内に4部屋のみの小さな宿をオープンしました。

これが予想以上に大変で…!家を建てるすべての段取りを自分達でしないといけないので…。

その間に出産、育児も重なり、4年の歳月がかかってしまったんです。

2009年に本格的にオープンしました。

ライター・高野

どのようなお客層が来られるんですか?

宮地 梓さん

バリ島は90%観光業なので、ほぼ観光客の方です。

年代層は、年配の方が多いですね!

ライター・高野

インドネシアは物価も安く、バックパッカーなど若者にも人気なイメージでしたが…。

宮地 梓さん

んー、若い子はあまり海外に出なくなったと思います。

自分が旅に出てても、日本の方と出会っても同世代の方が多かったです。

ライター・高野

わたし自身も「和歌山の方はあまり海外に出ないから、珍しいね」と驚かれたことがあります。

なぜでしょうね?

宮地 梓さん

そもそも「海外にいくことに興味がない」子が多いのかな?

今の生活に満足、お金を使いたがらない…。

やっぱり外に出てみないと分からないことってたくさんあると思うんです。

そういう人たちと知り合いたいなぁと、宿を経営しながら思います。

ライター・高野

なるほど…!

ですが、最近はヨガやスピリチュアルという意味でも人気を集めているんのだとか?

宮地 梓さん

お客さんはヨガをしている方が多いですね。

海外からの観光客もヨガをしに来たり、現地の方ももちろん!

ビーガン、ヨガ、ベジタリアン、ヒーリング、エコ、オーガニックが、今の流行かと思います。

ライター・高野

スピリチュアルな感覚や雰囲気!好きな方はどっぷりハマるのでは?と思います。

ある出会いがあって、宿でもワークショップを開催されているのだとか?

宮地 梓さん

偶然、インド在住の日本人女性からお問い合わせがあったんです。

彼女はインドでサンスクリット語の講師をしている方でした。

そこから輪が広がり、ヨガやサンスクリット語のワークショップを1年に2回程開催しています。

ライター・高野

宮地さん自身も学びの場としているんですよね。

宮地 梓さん

バリ島に移住して、毎日マントラを唱える姿を見たり、自分も唱えています。

ですが、意味も分からずやるのではなく、その意味を知りたいと思ったんです。

学ぶことで今の自分に直結しているし、縁があって辿り着いたと思っています。

学びを深めることで、宗教観の中で育った主人の考えや意見を理解できるようになりました。

ライター・高野

インドはヒンドゥー教、インドネシアはバリヒンドゥー。元々興味があったからこそ、違いを学ぶきっかけにもなったんですね。

宮地 梓さん

そう思うと、インドに興味があって、縁がありインドネシアに移住して…。

色々なことが繋がる人生だなと実感しました。

和歌山の魅力を世界に!今後はさらに活動の幅を広げたい

ライター・高野

今は一時帰国されていますが、また落ち着いた頃に帰国されるご予定ですか?

宮地 梓さん

そうですね。

インドネシアのバリ島は、観光業で栄え経済が成り立っています。そのためなるべく早く観光を再開しようと動きがあります。

帰国するにもかなり費用がかかるので、様子を見ながら…です。

ライター・高野

インドネシアに移住し、宮地さん自身が和歌山に対する想いに変化があったそうですね。

宮地 梓さん

初めて和歌山がいい所だと思ったんです。自分が住んでいた頃は、田舎だし早く出たい!とばかり思っていました。

ですが、バリ島に住んでからは見方が変わりました。

自然に囲まれて、海あり山あり、高野山や有名なお寺など神秘的な場所も多くて…。バリ島と似てる!

なのにバリ島は観光地として人気なのに、和歌山はまだ知名度も低い。

もっと盛り立てばいい人が集まり、さらに居心地のいい場所になると思うんです。

ライター・高野

素敵…。わたし自身も微力ながら、和歌山観光のPR頑張ります!

宮地 梓さん

和歌山を上手にアピールすることで、国内にも海外の観光客にも魅力が伝わると思います!

今後はもっと和歌山を広める活動もやってみたいです。

わたし自身、インドネシア語ができるので通訳にも興味があります。

帰国後、国際交流センターのボランティアに登録しました。

ライター・高野

自分にできることはないか?とネットで検索している際に、「わっと!」を見つけてくれたのだとか!とっても嬉しいです。

宮地 梓さん

こうして和歌山に注目して、さらにアジアや世界に向けて情報を発信する場ってなかなかないんですよね。

ありそうでない…。

もっともっと和歌山のよさを広げていきましょう!

ライター・高野

以前のように「よっしゃ、行くか!」と気軽に海外に出れなくなった今、SNSやニュースなどネットで耳にする情報だけが頼りとなりました。ただ、その情報だけがすべてではないということも事実です。

宮地さんのようにASEANと関わる方に出会い、生の声や現状を聞き、情報を届けられることが「わっと!」ならではだと思います。

今回のインタビューのお話はすべて書ききれませんでしたが…。

インドネシア移住や国際結婚、宗教など様々なお話の続きは、ぜひ宮地さんのnoteでぜひ読んでみてください。

足を伸ばせる方は、ぜひインドネシア・バリ島にある宿「Prasanti」へ。

・インドネシア・バリ島:宿「Prasanti

・宮地さんnote「プラサンティ

写真協力:有賀正博

ABOUT ME
MAYU
MAYU
和歌山県和歌山市出身のフリーランスライター。大のアジア旅好きで、特に好きな国はインド。将来の夢は、和歌山×アジアの2拠点で活動するグローバルライター!