マレーシア

ボルネオ島に変化を起こす先駆者となる!令和の坂本龍馬になるぜよ!マレーシア:Kichoy Kokiさん

Kichoy Kokiさん

Kii君ってこんな人

マレーシア・コタキナバル出身/在住。現地ではツアーガイド、デザイナー、日本語講師、通訳など様々な職業をこなし、「PENYU」の代表を勤める。

日本向けの輸出も行っており、今後はボルネオ島全体の改革に向けて、新たなチャレンジを計画中。

独学で日本語を学び、マレー語、英語を話すバイリンガル。現在はトルコ語を勉強中。最も尊敬する人は坂本龍馬。

Kichoy Kokiさん(以下「Kii君」と呼ぶ)は、起業家として出身地マレーシア・コタキナバルで「PENYU」を設立し、日本との繋がりを強く感じ日本の方と様々なお仕事をしています。

ボルネオ島に変化を起こす先駆者となるべく、活動しているひとりです。

今や個を繋ぐ時代となり「一緒にやろう!」の一言で、世界を股にかけるビジネスができる時代にもなりました。実際にKii君はどのような経緯で今の人生を歩み、日本との関わりを持つようになったのでしょうか?

今後マレーシア進出を視野に入れている方にとって、素敵な出会いになるかもしれない。そんな心温まるインタビューをお届けします。

なぜ独学で日本語を習得?きっかけは偶然訪れた出会い

MAYU

Kii君が日本語を学ぶきっかけは?

Kii君

近所に住んでいた両親の友人夫婦が日本人でした。よく家に遊びに来ていて、ジェスチャーで会話していると、自然と日本語を覚えていました。

Kii君は独学で日本語を学び10年以上が経ちます。初めて日本語を覚えたのは友人夫婦との会話がきっかけ。もちろん最初は全く理解できなかったものの、リスニングとジェスチャーで会話を繰り返していると自然と言葉が耳に入ってくるようになりました。

マレー語に加え、幼少期から英語も学んでいたKii君。音の変化をよく聞いているので、日本語の中でも関西弁と標準語の違いにも早くから気付いていました。

それから日本に興味を持ち、日本語の勉強だけでなく歴史や文化についても学び始めます。歴史上の人物は時代の節目節目に革命を起こし、先駆者として率先して人の前に立つ偉大な存在。中でも坂本龍馬の生き方や考え方に惹かれ、“武士の心得”を尊敬し、自分の人生に取り入れるようになりました。

デジャブ?夢の中で見た伊勢神宮

ある日Kii君は不思議な夢を見ます。和の雰囲気を感じる立派な佇まいとピリッと静かな空間。名前も分からないし、場所が何処なのかも分かりませんが、Kii君の中で忘れられない素敵な光景でした。

それから数ヶ月後…。Kii君は夢だった日本へ渡り観光地を巡りました。三重県・伊勢神宮に訪れた際、あの日見た夢と全く同じ光景が目の前に広がっており、とても驚いたのだそう。

言語を学ぶことになった友人夫婦との出会いや、夢で見た光景が日本だったこと。自分は日本と深い繋がりを持つのだと感じ、さらに日本が好きになりました。

そして伊勢神宮近くのゲストハウスに宿泊した際に、筆者であるわたし(MAYU)と出会います。遡ること6年前、当時わたしは長年勤めた会社を退職することが決まっていました。数ヶ月後に出発するアジア旅の道中でマレーシアに立ち寄り、同じゲストハウスで出会った友人達と集まり一緒に年越しをする約束をしてお別れしました。

ここからわたしとKii君との繋がりが始まります。

Kii君がタッグを組んだ日本人ビジネスパートナー

Kii君が実際に日本と関わる仕事をするようになったのは、不破弘貴さんとの面白い出会い。大阪を観光中、偶然声を掛けられ「どうして日本に来たの?どんな仕事をしてるの?」など、世間話をするうちに意気投合し「じゃあ一緒に仕事してみる?」と話が急展開。

彼との出会いが、Kii君の人生を大きく変えることに!その後不破さんがマレーシア・コタキナバルに移住し、共同会社「PENYU」を設立しました。

MAYU

Kii君の会社「PENYU」は、どんなお仕事をしているの?

Kii君

設立当時は、デザインのお仕事をしていました。看板のデザインや自宅の設計も自分で考えました。今は日本とマレーシアを繋ぐ、様々なことをしています。

デザインのアイデアやセンスが素晴らしいKii君。ですが、デザインは自分の世界観を表現するひとつのツールに過ぎません。

「PENYU」のトレードマークは亀。少しずつゆっくりと歩きながら、着実に前に進むという意味が込められています。

いよいよ2人のチャレンジが始まり、様々なプロジェクトを立ち上げてきました。マレーシアで日本語教室を開校し、クラウドファンディングでたくさんの方々から支援を受けました。(日本語教室の様子はこちら。)

日本人向けの観光ツアーを開催し、コタキナバル観光のアテンドやガイドはKii君が担当していました。

他にもオンライン英語スクールや、マレーシア産の高品質なお茶やNatural Plant Fiber(動物の毛や皮革や植物から作られる素材・繊維)の輸出も行っています。

現在不破さんは自身の事業に専念するため日本に帰国。「PENYU」はKii君がひとりで切り盛りしています。友人や知人を通じて知り合った日本のビジネスパートナーと、さらなる事業展開を目指しています。

今後の目標や夢について

MAYU

Kii君は今後、日本移住や和歌山に定住することは考えているんですか?

Kii君

わたしはずっとマレーシアに滞在する予定です。現地で皆さんのサポートをしたいと思っています。

今「PENYU」は、ボルネオ島を意識した大きなビジネス展開を計画中。なかでも車の部品作りや修理など技術力の高さや、日本の丁寧さは今まで以上に評価され、さらにアジアで活躍の幅が広がるのだとか。

自社工場を持ち、従業員用の宿泊施設も完備したいと語るKii君。さらに現在は閉校してしまった日本語教室の再開や、マレー語や英語を学べるグローバルスクール開校も目標のひとつです。

頭の中にある目標や夢を実現させるため、試行錯誤中のKii君。上手くいかないことも多く、幾度も辛い出来事がありました。

それでもマレーシアの新しい時代を作るためには、坂本龍馬のように時代の先頭に立つ人が居ないと何も変わらない!と熱い想いを打ち明けてくれました。今後のKii君の活躍が楽しみです。

和歌山とボルネオ島の架け橋に

Kii君が在住するマレーシア・コタキナバルと日本・和歌山を繋ぐキーパーソンは、筆者であるわたし(MAYU)です。

「アジアと和歌山の架け橋になりたい」とグローバルライターを目指している最中、新たなビジネスに携わるチャンスが訪れました。現在、大きな発表はできないものの少しずつ準備を整えています。

企業同士ではなく、個人の繋がりで生まれていくビジネス。これが令和であり、時代の変化でしょうか。

わたし以外にも、アジア進出を視野に入れている企業や人々はきっと居ると思います。さらには、今後ますます増えてくるのではないでしょうか?

“個”で動いていると、どうしても知名度が低く埋もれてしまいがち。想いを伝える場所が少ないのも悩みのひとつです。

ですが“個×ビジネス”に注目して、新たな出会いを繋ぎ活躍の場を広げていきたいと思います。そして「わっと」を通じ、さらにマレーシアでの衣食住を近い存在にするべく、情報発信をしていこうと思います。

Kichoy Kokiさん

現地ではツアーガイド、デザイナー、日本語講師、通訳など様々な職業をこなし「PENYU」の代表を勤める。日本向けの輸出も行っており、今後はボルネオ島全体の改革に向けて新たなチャレンジを計画中。
独学で日本語を学び、マレー語、英語を話すバイリンガル。現在はトルコ語を勉強中。最も尊敬する人は坂本龍馬。

マレーシア・コタキナバル出身

ABOUT ME
髙野 麻由
髙野 麻由
和歌山県和歌山市出身のフリーライター。アジア旅にハマり、国際移住や宗教、文化などに興味を持つ。特に好きな国はインド。将来の夢は、和歌山×アジアの2拠点で活動するグローバルライター!